オープニング・レセプション: 2023年5月13日 (土) 17:00-19:00
Blum & Poe (東京) では、フリードリッヒ・クナス、中村正義、岡﨑乾二郎、西條茜、マグダレナ・スクピンスカ、髙木大地によるグループ展「Borrowed Landscapes」を開催いたします。
Blum & Poe東京のギャラリー空間は、真っ白な壁に囲まれたホワイトキューブ空間とは異なり、その一面に明治神宮の本殿を囲む森を一望できる窓を内包します。ここで展示される作品群は、常にギャラリーの向こう側にある自然の姿と対話することになるのです。この外部へと繋がる風景を、多くの展覧会では単なる四季と共に移り変わる背景としてみなしてきた一方で、本展はこの窓の外のランドスケープを展覧会の一部として取り込み、明治神宮内苑の緑を展示の中心に据えることで、新たな文脈を生み出そうと試みます。伝統的に美術の歴史の中で行われてきた固有の個人的な表現としての「ランドスケープ」についての思考や、林学博士・本多静六が造林を主導するにあたって大事にした哲学が、各作品群を通して視覚的に拡張されていきます。
1915年に始まった人工林である明治神宮の森の建設は、比較的手付かずの状態で成長を続けるように設計されました。日本各地から寄贈されたおおよそ約10万本の木々によって作られたこの森は、自然界のあらゆるものに等しく神性が宿るとされる神道思想の器として、一本一本の木が意味を持ったものと言えます。この計画の舵を取った本多は、ドイツのドレスデン近郊の都市ターラントでドイツ林学を学んだ人物です。そこでは、工業主義や都市主義を否定し、「美」や「崇高なもの」を重視するドイツ・ロマン主義の根強い理想を掲げる林学が教えられていました。神道やロマン主義のような自然環境を重視する思想の中で尊ばれてきた、多様な形で混在する自然への畏敬の念という神宮の森の哲学についての様々な視点が、本展の作品群にも反映されていると言えます。
フリードリッヒ・クナス (1974年生まれ、ドイツ・ケムニッツ) は、ブラウンシュヴァイク美術大学(ドイツ) で学び、現在はカリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動しています。クナスは、詩的なフレーズと痛烈でしばしばメランコリックなイメージを重ね合わせ、ロマンティックなコンセプチュアリズムの個人的なスタイルを用います。その作品群は、コミカルでペーソスがありながらも、喜怒哀楽を織り交ぜ、愛、希望、羨望、絶望といった普遍的な感情を呼び起こします。ドイツからロサンゼルスへの移住経験は、静物画、漫画のイメージ、商業イラスト、ネイチャーフォト、叙情的な参照など、ドイツのロマン主義や西洋の大衆文化を取り入れた彼の作品に重要な役割を果たしています。
中村正義 (1924年、愛知県生まれ、1977年没) は、当時の日本画の権威であった中村岳陵に学んだ画家です。当初は日展画家として活動を始めましたが、やがて日展を離れます。その後の伝統的な日本画から逸脱した作風は、その革新性から日本画壇からは批判されたと言います。中村は、画業だけにとどまらず映画や演劇など多方面で活躍、さらには日本の美術界の刷新を目指し「人人会」という前衛的な美術団体を設立したことでも知られています。日本画の伝統的な技法や素材を用いて描かれた2点の風景画「土波」(1955年頃)、「夏の樹」(1955年頃) は、中村が肺の病気を患っていた時期に描かれたと見られる作品です。ここには、病床で安静を強いられた病床の中村が、外の世界の渇望のような心象風景が描き出されていると言えるでしょう。
岡﨑乾二郎 (1955年、東京生まれ) は、批評家としてだけではなく、絵画、彫刻、レリーフ、ロボット、建築など、従来の芸術ジャンルや分類を超えた幅広い領域で活動を展開してきた造形作家です。岡﨑の思想の根幹は、人間の知覚の基盤としての時間と空間の探究とその再構築にあると言えます。(包括的な把握を可能にする全体的な知を肯定してきた近代的な認識を無効と考える) ポストモダン的な思考━断片から生まれる固有な時間と空間は、絵画的実践も含む、岡﨑のすべての活動において長年のテーマとなってきました。2点組から成る、「月花 (Ipomoea alba) / No idea why I was going there / あるいは空中の椰子果」ならびに「あお空の奥か (le bleu du ciel) / Seen with an ideal, Out the window / きたいの中に溶ける魚」(2022年) は、戦前のシュルレアリスム作家である古賀春江による絵画作品「月花」(1926年) と「海」(1929年) を参照しています。岡﨑は、古賀の画業は「機械=機構」「動物」「死」というキーワードによって説明され、それは無意識についてフロイトが唱えた自我、エス、超自我や死の情動の概念と深く関係していると語ります。古賀の約100年前の作品への岡﨑の応答は、自然の持つ時間の流れとの対比の中で、人間の時間感覚を超えた過去から未来への時間軸の存在を示唆します。
西條茜 (1989年、兵庫県生まれ) は、京都市立芸術大学大学院美術研究科工芸専攻陶磁器分野を修了。2022年には、丸亀市立猪熊源一郎美術館で開催された「MIMOCA EYE / ミモカアイ」の第1回大賞を受賞。西條の作品群は、しばしばパフォーマーとコラボレーションを行うことで、そこに備えた空洞や穴を活かし、音の出る装置へと変化していきます。そこでは、作品が媒介となり、身体と物質の境界線は曖昧になっていくのです。身体と他との距離の意識は、他者、社会、自然・・といった我々を取り巻く事物との間の境界についての考えを想起していきます。本展のセラミック作品「湿地」(2021年)、「ホムンクルス」(2021年・バロンタン・ガブリエとTŌBOE名義で制作) が湛える緻密な釉薬の「けしき」は、遠景の森の樹々のグラデーションを思わせます。
マグダレナ・スクピンスカ (1991年、ポーランド・ワルシャワ生まれ)は、セントラル・セント・マーチンズ (ロンドン)で美術の学士号を、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート (ロンドン) で絵画の修士号を取得。これまでに、Selebe Yoon (セネガル・ダカール)、Fundación Casa Wabi (メキシコ・オアハカ)、La Ira de Dios (アルゼンチン・ブエノスアイレス)、 Atlantic Center for the Arts (フロリダ州ニュー・スマーナ・ビーチ) でのレジデンスに参加。さらには、世界各国での個展を開催し、2022年には作品集を発表しました。自身を取り巻く環境との対話から生まれるスクピンスカの作品は、人間と人間以外の間に欠陥をはらみながらも確かに存在する象徴的な共生関係についての探究や実験によって生み出されています。「Elate」(2023年) もまた、自然界や有機物から直接的な着想を得ており、神宮の森の多くはクスノキによって構成されるという発見から、クスノキの粉末などが画材として用いられています。そのキャンバスの上下に塗られたクスノキの粉は「生命の木」の原型、つまり天上と地下への意味合いを持つものを言及していると作家は語ります。
髙木大地 (1982年、岐阜県生まれ) は、神奈川県を拠点に活動する作家です。多摩美術大学絵画科学士過程を卒業後、同大学院修士課程を修了し、2018年9月には、文化庁新進芸術家海外留学制度助成を受け、オランダ・アムステルダムに滞在。髙木の作品に描かれる風景は、作家が自身の経験や美術史を通じて吸収してきた様々なレキシコンの直感的な表出と言えます。「Wanderer」(2023年) は、黄緑、茶、深い青の絵具を重ね、ドイツロマン派を代表する画家、カスパー・ダヴィッド・フリードリヒの風景画を彷彿とさせるような月夜の森に佇む人物の姿が描かれた作品です。ペインティングナイフで引っ掻くように描かれたパターンを持った「Rain」(2023年) では、静かな夜に降る雨の情景が描かれています。さらに、「Tree Trunk」(2023年) を加えた本展で紹介するその作品群は、いずれも森の中を歩いているような感覚を呼び起こすのです。